大学の卒業式の夢を見た。 二度寝したら、卒業式の続きの二次会からだった。 朝まで私のアパートで友達と飲んで、 いよいよアパートを引き払い、 バスに乗って実家に帰ろうと私は停留所にいくのだが、 忘れ物をしたことに気づいて、もう一度アパートに戻る。 そうこうしているとバスは出発してしまう。 「愛媛方面に帰る人いませんか?」 三々五々に散っていく知人たちに聞いて回るが、見つからない。 そうか、私はまだここを離れたくないってことなんだな。妙に納得して、 もう一晩だけここにいようと畳に腰を下ろす往生際の悪い夢だった。
目が覚めて、大学時代の部屋をぼんやり思い出していた。 スリッパの色から、ラックに並んだCD、コンポの位置、カーテンの模様、 何から何まで瞼の裏に鮮明に焼き付いていることに驚いた。 部室の階段を上る音、芝生にまじって生えたクローバーの色や、苦痛だった数学の授業、 ゼミ室の湯呑み、先生の癖、図書室の匂い、履き潰した虹色のコンバース。 遠い記憶になりつつあるのに、何もかも鮮明だった。 高校時代のことは何も覚えてないのに。 大学生活は私の青春時代ということか。 あれ?しかし「サラバ青春」という曲は、高校時代を思い出して大学時代に作った詩だ。
はっ、とベッドの中、重大なミスに気づいてしまった。 先日まで講師をしていた詩作朗読部での一コマ。 「青春」をテーマに生徒さん達が詩作を行い、私は添削をする。 20歳になったばかりのA君の詩の内容が 青春の終わりを嘆いたもので、私はそのリアリティーのなさに納得できず、 「何で何で?今は青春じゃないの?大学生なんだから今こそ青春なんじゃない?」 と指摘してしまった。 「いや、制服がもうきれないっていうのはでかいですよ。今は女友達も多くなったけど 高校時代シャイで女子と喋れないって方が重くてよかったんですよね」 「えー、それって青春と思春期の間違いじゃないのー?」 「ああ、そうか。そういうことなんですかね?」
こんな変なやりとりをして、何とか詩を完成させたのだった。 あああ・・・。やってしまった。 「サラバ青春」なんて言っていたのは青春真っ只中、21歳のことだったか。 結局、青春は過去の中にしか存在しないということなのか。
タケノコとワラビが実家から山のように届き 灰汁抜きに追われている。 春は、綺麗な色をして見えるが 地球の灰汁が一気に吹き出す季節だ。 それで、こんなどうしようもない夢を見たのかもな。 いや、二度寝したのが悪かったんだ。
我家のベランダの小さな春が いっせいに命を放出させていて、見ていると 何事もやってやれないことはないなと思う。
絵本画家で園芸家のターシャ・テューダーは 「春は毎年奇跡だと思う」 と言った。まさに、いま奇跡が起こっている。 まっ茶色だった私の庭にボリジが青々と。 ローズマリーも、ペパーミントも、アップルミントも タイム、セイジ、カモミール、ネギ、三つ葉、パセリ、にら、 種も蒔かないのに、みんな春を知ってしっかりと出てきた。 レモンの木も、白い花をつけてまるで雪をのっけたみたい。
何もかもが、まっすぐに天に向かって伸びていく。 冬の寒さに凍えることなく、 雨にも打ちのめされず、春一番にも吹き飛ばされず。
やってやれないことはない。
そう思えるのは、春だからだ。 たくさんの別れを乗り越えて今があるじゃないか。
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